第36回 平成19年(2007年)8月23日掲載


ムナグロ


 8月下旬になると稲刈りが始まり、稲穂に覆われていた地面が、少しずつ表れてきます。そんな時、キビーッ、キビーッと懐かしい声が響き、翼の細長い鳥の群れが、鋭く視界を横切ります。何回か旋回して稲刈りの済んだ田んぼに降りると、地面の色彩に溶け込んで、途端に目立たなくなります。 
 夏の間北部シベリアで過ごしていたムナグロたちが、戻って来るのです。ムナグロを漢字で書くと「胸黒」。春の渡りの時は文字通り胸が黒い夏羽(婚姻色)で旅立って行ったムナグロたちが、子育てという重要な役割を果たし、冬羽(非婚姻色)に着替え、胸の黒を薄くして帰って来ます。

 全長約25 センチのムナグロの大きさは、全長約24センチのムクドリとほとんど変わりません。そんな小さな鳥たちが、時には1万キロを超える旅を毎年2回ずつ繰り返しています。実に驚異的です。渡りのルートを知る鳥たちの能力については、色々研究が進められていますが、どんな学説で説明されても、目を見張る神秘であることに変わりません。  
 しかも、ムナグロの場合、秋の渡りシーズンの終わりの方に、その年生まれの若鳥たちの群れが多くなるようです。ということはその場合、家族単位の旅ではないということになります。つまり、初めて旅に出た若鳥たちの群れが、どうして渡って行く先のことを知ることが出来るのかという疑問が生まれるわけです。
 私たちは、毎年春と秋の2回、旅の途中に立ち寄るムナグロたちを出迎え、旅立ちを見送りながら、田んぼの傍らで、変わらない驚異と神秘を実感し、楽しんでいます。 

 


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